こんにちは!AJP編集部のしげです。
アカペラの歴史をまとめるプロジェクト「Harmory-History(略してハモヒス)」。
今回は、12月19日にデビュー20周年を迎える、INSPiの杉田篤史さんとRAG FAIRの引地洋輔さんにインタビューしてきました!20周年記念サイトはコチラ。
そのインタビューの内容を2回にわたってお届けします!
目次
杉田篤史さんの紹介
1978年・兵庫県出身。大阪大学経済学部卒業。INSPiのリーダー、BROAD6のメンバーとして活動する傍ら、2019年に設立した株式会社hamo-laboでは代表取締役として、アカペラを用いたワークショップや企業研修等の企画運営を行なっている。Twitter
引地洋輔さんの紹介
1978年・福島県出身。埼玉大学教養学部卒業。RAGFAIRのリーダー兼編曲担当。福島フェス実行委員。Twitter
インタビュアーの紹介
Vocal Asia日本支部代表。アカペラ界一のムーミンマニア(自称)。
Twitter / Vocal Asia
群馬のアカペラー兼イベンター兼アカペラCD収集家として活動する社会人。
Twitter
拓殖大学三歌月OG。日本が誇るフッ軽アカぺラー。AJP広報部長。Twitter
アカペラをはじめたきっかけ
きっと何度も聞かれていると思うのですが、まずはお二人のアカペラをはじめたきっかけを伺ってもよろしいでしょうか。
何回も聞かれたし、杉ちゃんのも何度も聞いたと思うけど、未だに覚えてないなぁ(笑)
笑笑笑
そう?(笑)俺は大阪大学に入った時に、同級生の知り合いがアカペラグループを作ろうとしていて、それに誘われたのがきっかけですね。
最初からアカペラグループをやるというのは、時代的になかなかマニアックというか。
高校でバンドをやっていたので、大学でも音楽系の活動をしたいとは思っていたんですよね。
それまでにアカペラに触れる機会はあったの?
いや、それまではアカペラをやろうと思ったこともなかったし、自分とは関わりのない音楽だと思ってたね。
いざアカペラグループを始めたときに、選曲はどうされていましたか?楽譜もあまり販売されていなかったですし、やはり耳コピだったのでしょうか?
グループには学内合唱団のメンバー数名もいたのですが、その中の一人が耳コピしていたのがBoyz Ⅱ Menの『Thank You』でした。
名曲ですね!今でもThank Youを歌うグループを見かけたりします。杉田さんはそのグループの中でもやはりリーダー的な立ち位置にいたのでしょうか。
全然リーダーとかじゃなくて、グループには最後の方に入ったし、譜面も全く読めなかったので、最初は教わりながらみたいな感じで活動していました。
そこからinspiritual voicesを立ち上げたのですか?
その時のメンバーが元となって、97年の秋くらいにinspiritual voicesというバンド名でやっていこうと決めました。その翌年にサークルが立ち上がり、そこに大倉(現INSPiの大倉智之さん)が入ってきました。その後バンド名はINSPiに変更しましたが、元の名は大阪大学アカペラサークルの名前として引き継いでもらっています。
おぉ、そういう流れだったのですね!貴重なお話をありがとうございます。引地さんはいかがですか?
高校生の時にTAKE6の『Join The Band』っていうアルバムをジャケ買いしたんですよ。その時僕は男子校の合唱部にいて、カラオケに行ったらハモるみたいな日々を過ごしていました。その時はアカペラは日本人にはできないものっていう思い込みがあったんですけど、そのあとすぐにゴスペラーズがメジャーデビューしたんですよね。それで、「なんだ、日本人でもこんなことができるのか?!」と衝撃を受けまして。
それは衝撃ですね!それで大学から本格的にアカペラを始めたのでしょうか。
その頃、どんな曲を歌ってましたか?
やはり最初は耳コピなんですよね…そういう経験が大事なんだと思います。それが積み重なって、今の時代になっているわけですもんね。
デビュー前に交流はあったのか
デビュー前にお互い交流はあったんですか?
交流はなかったよね。おっくんがRAG FAIR(以下ラグ)に入ってからは、全国各所に仲間がいる彼から「大阪にINSPiというすげぇグループがいるぞ。」という話を聞きました。それで、おっくんとか俺が運営の代だったJAMにINSPiをゲストとして呼びました。
そうだったんだ!?洋輔が呼んでくれたの?
笑笑笑
あ〜、その時はもう後輩にメインを譲っていてサポートしていただけかもしれない(笑)まぁそれでINSPiを観て、「加藤さん、何ですかあのプロっぽいグループは。」って言ったのを覚えてます(笑)
笑笑笑
俺らがスーツにTシャツとスニーカーのスタイルでやってた時やね。
もう、全然場数が違う感じと立ち振る舞いとで驚いたね。さらに、オリジナルをやってるっていうので次元が違うと。衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えてる。
当時からオリジナルにはこだわっていました。INSPiを結成して目標としてたのは、関西で一番目立つことでした。それで、関西のKAJa!にはまだ全曲オリジナルで歌うグループがいなかったから、全曲オリジナルでやってやろうと。それで結構話題になって、次第に関西でINSPiって言う名前が売れるようになり、それでハモネプのディレクターさんが、関西のグループとしてテレビで紹介してくれました。
やっぱり、学生でオリジナルで歌っていたってのがすごいですし、魅力があったんですね。
SCSでもオリジナルを歌うグループはいたけど、SCSはあまり外部のイベントに出ていなかったからなぁ。
僕が学生だった頃も、inspiritual voicesには結構オリジナル曲を歌ってるグループがいて、もしかするとそういったものも引き継がれているのかもしれないと思いました。
それは嬉しいね。
逆に、杉田さんから見る当時のラグの印象はどうでしたか?
もともと大倉とおっくんと繋がったりはしてたんだけど、僕がラグを認識したのは、デビュー直前に東京と大阪でやっていたオートサロンの営業からでした。
ブリヂストンブースだ!(笑)
東京ブリヂストンのブースの資料映像を観た時にラグが出演していて。その頃から(土屋)礼央さんはファーつけてたし、結構派手にやっていて。東京のショービジネスはすげぇなって思いました(笑)そんなこともあって、僕らもその頃から結構ラグを意識していましたね。
ハモネプでも対極構造になってはいましたが、その前から互いに意識はあったんですね。
でも派手にやってる裏では、なんで俺らがハモること以外を頑張らなきゃいけないんだって思ってたり。INSPiを見てみろと。無いものねだりというかね。やっぱこういったところが足りないなぁと。
お互い武器をもって勝負していたってところが面白いですね。デビュー前からすごく面白いつながりがあったんですね。
グループとして変わったこと、変わらないもの
この20年間で、アカペラというか音楽自体が大きく変わっていったと思うんですけど、グループとして何か変わったなと感じることはありますか?
今ってCDの形にすることすら、配信で済むじゃないですか。自分たちは最後の古き良きレコーディングにも触れることができて、そしてネットとともに変わっていくのを全て体験できた世代かなと思っていて。すごく貴重な経験をしたなと思うし、例えばレコーディング後にテープを工場に持ってくこととかね。今だとメールでデータを送れるからね。
今では自宅で録音したものを送れますしね。
時代とか技術の流れと移り変わりとともに、リモートアカペラとか、当時若者だった自分たちが思いつかなかったような「何じゃこりゃっ!」ていうものにも触れられたし、本当に良い世代にいるなと思います。
それは今の若者には絶対に体験できないようなことですもんね。
まぁ当時はそんなことは分かってなかったけどね(笑)今思うと色んな大人たちが駆け巡ってそうなってたんだなって。人によっては人生を変えてしまったんだなと(笑)
振り返ってみると、恐ろしくなる感じですね(笑)
恐ろしくなる一方で、嬉しいこともありましたけどね。ただがむしゃらだったね(笑)寝たら死ぬとめっちゃ言いながら頑張っていました。とにかく、明日までに俺がこれをしないと誰かがクビになるんじゃないかと考えてしまうような、そんな世界でした。スキルも経験もないから。今振り返れば、あのときこうすればよかったって思うことがめっちゃあるけど、若い時ってそんなものなのかなって思ったりしますね。
時代も若さもあるんですかね。
例えばベストアルバムとかあるじゃないですか。全部録り直したいなとか思うんですけど、それもエゴなのかなって。あの当時の音で喜んでもらったっていうのを、今になってアーティストが変えたいって思うのって違うのかなっていうのもあるし。でも覚悟を持って録り直したりしているアーティストもいますしね。
確かにそうですね。
今なら絶対上手くできるんだけど、果たしてそれが聴いている人にとって良いのかは別のことだから。だから時代とマッチしてたというか、運もあるよね。
20年は長いですね、色々ありましたね。
杉田さんはいかがですか?
デビューしてすぐの記憶っておぼろげなんだけど、やっぱり怒濤だったし、今の洋輔の話を聞いていると、やっぱ昔って今に比べるとワイルドっていうか、業界自体もギラギラしていて音楽のバブルも残ってたし。今思うと、アカペラグループなのに、100畳ぐらいのちょっとしたオーケストラでも録音できそうな大きいスタジオをおさえてもらったりしていました。でっかいふっかふかのソファーとかもありましたし。
それはすごい!
レコーディングについては今のデジタルで整えられるものではなく、整えきれていないものが残っていて。実は「Cicada’s Love Song」っていうデビュー曲を録音し終えて大阪に帰ってるときに、「なんかこの部分気に入らんなぁ」って思う部分があって。そのまま新幹線のデッキのところでディレクターに電話して、「すいません、もっかい録り直させてほしいです。」って言った記憶があるね(笑)
おぉ!それでディレクターさんは何ておっしゃったのでしょうか。
当時はスタジオをおさえ直すのも難しくて、録り直しなんてできなかったよね。なのですごい説得されて、渋々納得したけど。まぁ、ワイルドだったね。それに比べると今はそういうのは無くなったって思う気がします。
サビ前まで録音して、サビ後はなんか、キーが全然違うじゃんとか、転調してるじゃんって。それがそのままCDになったり。
山下達郎さんもよくいってましたね(笑)同じ日に録らないと声質とか音のまとまりが…って。
80年代初頭の一発録りのアカペラ音源とかを聴いても、最初歌い出しのキーがよくわからん!みたいな。でもそれが結局クセになるんだよね。
なんで録音きいてるのにこんなドキドキしなきゃいけないんだみたいなね(笑)「くるぞくるぞ、あー」みたいな、そういう感覚が昔の音源にはありましたね。
それが生もの、アカペラの良さでもあるんですかね。
人間味があるというかね。そういう価値観を育ててもらったと思います。俺とか洋輔とか、SINさんもそうなんでしょうけど。
世代も同じですもんね(笑)そういうのが気持ちいいっていう世代なのかもしれないですね。
逆に20年やってきて、変わらないなと思うことはありますか?
INSPiはね、もう何もかもが合わないです(笑)価値観もそうだし、大事にしてるものとかもね。それこそ、コーラスのニュアンスや声質なども全てが合わないです(笑)色々合わせようと思って話し合うこともあったんだけど、合わない部分が変わらないところなのかなと。でも、今はそれがINSPiらしい音になってるんだろうなという気はしますね。
まさにハモニケーションですね(笑)引地さんはいかがでしょうか。
変わらないことかぁ…何かずっと、変わらずにはいられなかったような気がして。ただ友達同士で歌っていて楽しいからやろうってスタートしたのが、いつの間にかそうではない関係になったような気がして。純粋な友達から何かプラスアルファされた気がして。変わらずにはいられなかったっていうのはあるんですけど、こんな関係って普通ないよなっていうものをお互いに手に入れたのでそれもまた良しだなと思っています。
これからのアカペラシーン
これからのアカペラシーンがこうなったら面白いとか、グループとしてこんな活動をしたいとかってのはありますでしょうか。
学校教育でダンスが始まった頃くらいから、いつか歌って踊れるアカペラグループができるだろうなぁと思っていました。今のシーンを見ていると、本当にそういう人達が出てきていて「ついに来たか!」と思いますね。僕は若い人たちの方が発想とか感性とかすごいと思っているんですよ。悔しいけど、でも何を魅せてくれるんだろうって楽しみ。新しいことを魅せてくれることで、僕らも刺激を受けて次につなげていけるから。
自分たちがその世代になると、若者すごいなって。悔しいけど、やっぱり応援もしたいですしね。
たまに若い子からアドバイスを求められるんですけど、いつも「年寄りの言うことは聞くな」と言っています(笑)
笑笑笑
杉田さんはいかがですか。
僕はね、YouTubeって本当すごいなぁと思うんですよね。YouTubeを使った情報収集能力というか、そこに馴染んでるのが若い人達だから、そういった技術的なことは感心しますね。今のハモネプは、初期の頃よりレベルが歴然と上がってるじゃないですか。アカペラ界も、パフォーマンスとかアレンジとかミックスとか、どんどん技術が洗練されていく流れはあるんじゃないかと思いますね。まぁ、INSPiはそこと戦うというよりは、逆方向というか、人間臭さとか、ワイルドな部分とか。これからもそんなスタイルを続けていくんかなと。
なるほど。
僕がリーダーになって決めてたことは、「長く続ける」でして、その目標は今も変わっていないですね。ボニージャックスさんとか、60年とかずっとやってて。ステージにあがったらMCでメンバー同士喧嘩したりとか(笑)そういうのに憧れますね。
(取材の後日、ボニージャックスの西脇久夫さんの逝去の報に接しました。心から哀悼の意を評します。杉田)
それ自分もみました(笑)
それがもうお家芸みたいなね(笑)良い意味でアマチュア感というか。洗練されていく流れがある中で、そんな人間臭い部分がやっぱ好きですね。そう思うと二極化していくのかなって。高度な作品を創るグループと、もうちょっとカジュアルな方向に進むグループと、どっちも良いなと思います。
色んなスタイルがでてきて、楽しみ方も増えてきましたよね。
どっちもいいですよね。
どっちが優れている、というのではなく、両方を尊重していきたいですね。
次回のお話
まだまだ貴重なお話が続きますが、今回はここまで。
次回はお互いの曲についてや、20周年記念コンサートについてのお話を伺う予定です。
次回記事はこちら
また、引地さんと杉田さんの情報は下記のサイトより発信されておりますので、是非ご覧ください!
引地さん:Twitter / RAG FAIR
杉田さん:Twitter / INSPi / BROAD6 / hamo-labo
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