「歌い易く、出来るだけメンバー全員が楽しく歌える楽譜」にこだわるアレンジャーが考えること【#2 みど編】

「歌い易く、出来るだけメンバー全員が楽しく歌える楽譜」にこだわるアレンジャーが考えること【#2 みど編】

アカペラアレンジをこれから勉強するみなさん、普段からアレンジに取り組むみなさん。こんなこと思ったことはないですか?

音楽の理論、ソフトウェアの使い方、テクニックを解説する記事や解説動画はあるんだけど、「アレンジャーがどんなことを気にかけているのか」「あの人は何を考えながら編曲しているのか」「まず何から着手するのか」というアレンジャーの頭の中が知りたいんだよなあ

そこで!

普段からアカペラアレンジジャーとして活躍するみなさんに頭の中を赤裸々に語っていただく連載企画「私のアカペラアレンジの進め方」を立ち上げました。

今回は「みど」さんに、頭の中を見せてもらいましょう!

自己紹介

みど
みど

大阪大学アカペラサークルinspiritual voices OB みどです。現在は関西アカペラサークルre Lifeに所属。「カラオケが好き」程度の軽いモチベーションではじめたアカペラにドハマりし、現在11年目。アレンジは大学1年生(アカペラ1年目)の夏に独学ではじめました。

Twitter

学生時代は、主に「鬼灯」という邦楽バラードを歌うグループで活動していましたが、私個人としてはノリ曲、バラード、ボカロ、jazz調、ボサノバ調など、幅広くアレンジします。正確な数は把握していませんが、少なく見積もって500曲程度はアレンジしてきました。

近年はご縁があり、大学や社会人のアカペラサークルにてアレンジ講習をさせていただいたり、アレンジの外注依頼をいただいたりと、のびのび楽しく活動させて頂いております。

先日Twitter上で行われた、「HARMONY HCAMPIONSHIP x AJAA共催 アカペラ動画いいね!選手権」にて、ありがたいことに優勝させて頂きましたので、その時の演奏動画を自己紹介代わりに添えさせていただきます。

アレンジの大きな流れ

  1. 原曲を聴きおおまかな全体像をイメージ
  2. 「曲中の重要な場面」や「アカペラでの表現が難しそうな場面」をどのように歌うのかイメージ
  3. 全体のイメージ像を、実際に譜面へと書き起こす

1. 原曲を聴きおおまかな全体像をイメージ

まず原曲を聴き、おおまかな全体像をイメージするところからはじめます。この段階で、どの部分を盛り上げて、どの部分で落ち着かせる、といった「大まかな抑揚の分布」を頭の中でまとめます。講習の際には「横軸に時間、縦軸に盛り上がり具合をプロットしたグラフ」を紙に書き出しすことをお勧めしています。最初の段階で全体の設計図を作ることで、曲全体を通して脈絡のあるアレンジを作ることができます。またこの工程をふむことは、後工程での手戻りを減らすことにも繋がり、結果として工数削減・作業時間短縮につながります。グラフのサンプル画像を載せておくので、良かったら一度試してみてください。

2. 「曲中の重要な場面」や「アカペラでの表現が難しそうな場面」をどのように歌うのかイメージ

次に、自分が考える「曲中の重要な場面」や「アカペラでの表現が難しそうな場面」をどのように歌うのかイメージします。この時点では具体的な音程や、和音までは考えず、「ここでリズム的な決め所を作る」「この場面は厚みが欲しいのでオープンボイシング」「Cメロ、コーラスは開口音ロングトーンで盛り上げる、声量の出しやすいフレーズにする」「ラスサビ冒頭は全字ハモ」程度の解像度で組み立てています。

ここまでの段階で「イメージが湧かない」と感じた場合は、そもそもアレンジ自体を諦めることが多いです。これは「現在自分がもっている引き出しの数が、楽曲の要求に対して足りていない」状態を意味する、と考えているからです。「足りない部品を1から作り出す」ところから始めるのも1つの道ではありますが、かなりの産みの苦しみを伴いますし、多くの方が途中で挫折してしまうかと思います。

核となる重要なパーツが決まれば、後はそれらが違和感なくつながるように最初に作った「抑揚の分布」にそって間を埋めていきます。「落ち着くところはウ母音のロングトーン」「曲が動き出す所で字ハモを使う、コーラスワークを動かす」といった具合です。

3. 全体のイメージ像を、実際に譜面へと書き起こす

最後に、ここまでの工程でかためた全体のイメージ像を、実際に譜面へと書き起こしていきます。実際に音を並べていく際に、新しい発想・閃きが出てくることも多々あるので、もともとの設計図との折り合いをみつつ、無理のない範囲で採用していきます。

リードやベースライン、コードの耳コピ、入力作業は単純に時間がかかるので、midiやバンドスコアが販売されている場合は、購入することで効率化を図ります。特に初心者のうちはベースラインやコードの耳コピを間違えてしまうケースも多いので、そういった意味でも譜面を購入すると安心かと思います。1曲数百円程度で正確な譜面が買えるので、使わない手は無いと思いますよ!

「『自分にとって』使い慣れた、質の高い手札」をどれだけ沢山もっているかが重要

余談になりますが、私はアレンジを考えるとき「斬新で画期的なフレーズを思いつこう」とするのではなく、「楽曲の展開にアカペラでよく用いられるフレーズ、パターンを当てはめる」といったイメージで構成を練っていきます。

アレンジに限った話ではありませんが、多くの人が「斬新で画期的、どうやったらそんな発想が出てくるのか分からない」と感じるような作品も、おそらくその作品の作者からすれば「画期的な閃き」に頼った部分はごくごく一部で、大部分は使い慣れた手札の組み合わせで構成されているはず、と考えています。

「『自分にとって』使い慣れた、質の高い手札」をどれだけ沢山もっているかが重要であり、これが成果物の質や幅、制作速度に直結すると考えています。

使用しているツール・ソフトウェア

MSP(Music Studio Producer)

フリーの音楽制作用ソフトです。五線譜表記ではなくピアノロールの画面での楽譜製作ができます。元々音楽経験が無く五線譜になじみがなかった私にとっては、非常にとっかかり易いソフトでした。慣れとは恐ろしいもので、五線譜が読めるようになった現在でも楽譜製作はピアノロールで行った方がイメージしやすいため、現在もこのソフトを愛用しています。

MuseScore 3

MSPには作成したmidiを五線譜形式で出力する機能がない為、浄書作業はこちらでおこなっています。といっても、私が浄書を始めたのはここ1,2年程度のことなので、熟練している訳ではありません。Twitter等で見かける見やすい譜面のフォーマットを参考にしつつ、日々試行錯誤して使っています。

アレンジのこだわり

歌い易く、出来るだけメンバー全員が楽しく歌える楽譜」を作ることを心がけています。一口にアカペラーといっても、大きな声を出すのが好きな人、フェイクのような遊び心のあるフレーズが好きな人、臨時記号のついたきわどい音が好きな人、どっしりとした内声で上パートを支えるのが好きな人、その好みは十人十色です。曲全体として必要な要素・バランスを維持しつつ、歌い手好みなパートになるよう最善を尽くすことが、私のこだわりです。

記事冒頭でお見せした動画は非常に遊び心のある演奏をされるメンバーが集まっていたので、皆さんのスキルが光るテクニカルなフレーズを要所に折り込みつつ、vocalの美和子ちゃんの良さが際立つよう全体のバランスを整えるイメージでアレンジしました。

しかし、あの動画はあくまでレアケースです。普通はメンバー間に熟練度の差があることの方が多いでしょう。そういった場合は、パート毎の難易度、そして選曲自体の難易度を適切にコントロールすることも非常に重要になります。「ライブで映える楽譜であること」は勿論重要な要素ですが、「練習がスムーズに楽しくすすむ楽譜であること」も同じか、それ以上に重要な要素であると考えています。手に余るほど難しい楽譜だと練習が行き詰まってしまい、どうしてもグループの雰囲気が悪くなってしまいますよね。

そういった部分に特に注意して作成したアレンジを次の動画でご紹介します。

このMI☆DOH(まいど)というグループの2ndを歌っている女の子は、去年アカペラを始めた初心者で、この動画を撮影した今年8月時点でアカペラ歴一年弱でした(コロナ禍の影響で実質もっと短いです)。経験者のメンバーも満足できるような完成像のクオリティを維持しつつ、極力2ndの負担が軽くなるよう意識してアレンジしました。ポイントは下記の3点です。

  1. 換声点をまたがない(1曲通しての使用音域:C4~F♯4 ※全ユニゾン部分を除く)
  2. 音飛びを極力発生させない→1番の全音符数49個に対し、ステイ23回、2度25回、3度以上の音飛びなし
  3. 2番→3番移行部分の転調で失敗するリスクを軽減する為、3番冒頭をリードラインの全ユニゾンにしている

メンバーが上級者であれ初心者であれ、アレンジャーがそれぞれに適した気遣いをしてあげれば、練習は断然楽しくなります。楽譜でメンバーを楽しませるのも、アレンジャーの醍醐味ですよね!
今回ご紹介したMI☆DOHはソラマチアカペラストリート2020にも出演しますので、ご都合が合いましたら是非ご覧ください。楽しい演奏をお届けしますよ!

困ったときにすること

潔くあきらめて、メンバーに「アレンジできん、ごめん」って謝ります。

こうやってアレンジを学びました

アレンジをはじめたきっかけ

「夏休み暇だったから試しにはじめた」程度のものでしたが、初めて書いた楽譜を1つ学年上の可愛い先輩に褒められたことをきっかけに猛烈にやる気でました。人間そんなもんです。

アレンジを学んだ方法

プロアマを問わず、自分が好きだと感じた演奏・アレンジについて「何故好きなのか」深掘りし、その要因となる要素を自分なりに突き止める。そして、多少強引にでも良いので次のアレンジにその要素を取り入れて、実際に使ってみること。こうすることで、引き出しを増やしていきました。自分で咀嚼したものは頭に残りますし、実際に自分で使ったものは手に馴染みます。繰り返していく中で、だんだんと自分の好みも固まってくるかと思います。

また、先輩やOBさんにアレンジの添削してもらうこともとても勉強になりました。自分の目線から深掘りしていっても出てこない考え方、曲の捉え方が聞けるので、新鮮な発見をいただけます。

初心者へのおすすめ

大前提として「自分が好きな曲」をアレンジするようにしてください。その上で、コーラスグループの楽曲など、アカペラアレンジし易そうな曲から取り組むことをおすすめします。簡単なところから始めて、徐々に難易度を上げていけるとスムーズでしょう。

「アコースティックカバー演奏を基にアレンジする」というのもいい勉強になります。何故いい勉強になるか、という話をするとかなり深い話になってしまうので、それはまた機会があればさせていただきます(笑)

少し恥ずかしいかもしれませんが、出来上がった楽譜を添削してみてもらうこともおすすめです。サークル内のアレンジが得意な先輩・同期に見てもらうのもとても良いですし(身近な人に見てもらう方がモチベーションに繋がりやすい)、Twitter等のSNSで発信している有名なアレンジャーの方に添削をお願いすることも、効率的に新しい学びが得られてとても良いと思います。

まとめ

いかがだったでしょうか?本記事では具体的なHow toというよりは、アレンジする際に私が考えていることにフォーカスしてお話ししてみました。アレンジはどうしても時間がかかってしまう作業ではありますが、今回説明したように順序だてて取り組めば、比較的効率よくすすめられると思います。

とはいえアレンジはやはりかなり根気のいる作業ですから、無理はくれぐれもせず身近なところなりSNSなりで仲間を見つけて励ましあいながら、自分のペースで取り組んでいきましょう。

私事な宣伝にはなりますが、楽譜の添削・外注依頼を随時お受けしております。本記事を通して興味をもってくださった方がもしいらっしゃったら、ぜひお気軽にTwitter DMにてお問い合わせください。(Twitter @mido_kaoru_0525)

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

アレンジャーのみなさま

アレンジャーのみなさん、本連載「私のアカペラアレンジの進め方」を書いてみませんか?興味のある方はお問合せフォームよりご連絡お待ちしております!

本連載のバックナンバーはこちらからご覧いただけます。
私のアカペラアレンジの進め方