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まず「歌を誰に届けるか」から考える【#特別編 ベイビーブー瀬川忍さんインタビュー】

特集 私のアカペラアレンジの進め方ハモヒス

アカペラアレンジをこれから勉強するみなさん、普段からアレンジに取り組むみなさん。こんなこと思ったことはないですか?

音楽の理論、ソフトウェアの使い方、テクニックを解説する記事や解説動画はあるんだけど、「アレンジャーがどんなことを気にかけているのか」「あの人は何を考えながら編曲しているのか」「まず何から着手するのか」というアレンジャーの頭の中が知りたいんだよなあ

そこで!

普段からアカペラアレンジジャーとして活躍するみなさんに頭の中を赤裸々に語っていただく連載企画「私のアカペラアレンジの進め方」を立ち上げました。

今回は「特別編」。なんとプロコーラスグループ「ベイビーブー」の瀬川忍さんが「若いアカペラアレンジャーに経験を伝えたい!」ということで、AJP編集部にお話に来て下さいました。プロとして20年以上活動されてきた忍さんの熱いお話をぜひお楽しみください!

瀬川忍さんの紹介

1977年生まれ。1997年にコーラスグループ「ベイビーブー」に加入。2002年に「プラネタリウム」でメジャーデビューを果たす。TV出演やCMソングへの起用多数。現在NHKラジオ「らじるらぼ」の金曜日のレギュラーコーナー「ベイビーブーが歌ってみた」に出演中。

またクラシック音楽への造詣も深く、2009年に混成アカペラ合唱団「アカペラカンタービレ!クラシックス」を立ち上げ、代表理事・指揮・音楽指導・楽曲アレンジを手掛けている。

ベイビーブーのオフィシャルウェブサイト

瀬川忍さんのTwitter

まず「アレンジする意味」から考える

どこで誰に聴いてもらうのか

ーーまずは、忍さんがアレンジをされるときの流れやこだわるポイントを伺えたらと思います。

忍さん:いきなり堅い話になっちゃうかもしれないけど、「アレンジとは何か」っていうのが今の僕にとってすごく重要なんです。若い時は「自分たちが歌って楽しい」が全てだったんです。もちろん、アレンジって最初はそこからスタートするんだけど。

例えば「上を向いて歩こう」のイントロで流れる「♪パランパ~ン」っていう木琴みたいな音をそのまま歌うのはダサいと思ってた(笑)。

でも今ベイビーブーがカバー中心の活動になって、もともと完成された素晴らしい曲を分解して再構築する時に、自分たちの好みで作っていると、リアルタイムで原曲を聴いていた方が「そんな形にされたら思い出が壊れるわ~」となってしまうことがあって、変えてはいけないポイントがあるんだなと思ったんですよね。

ーーすごく説得力があります。

忍さん:これからアレンジを始める人はそこまで考えなくてもいいかもしれないけど、「どんなライブで」「誰が聴いてくれるのか」をしっかりイメージして作るのは大事だなと思います。

ーー楽器のフレーズをそのまま歌うのが必ずしも悪いことじゃないというのは、アレンジで悩んだ時に勇気になるお話だと感じました!

忍さん:それならうれしいね(笑)。ラジオで、「スタートレックのテーマソング」をリクエストされた時がまさにそれで。インストゥルメンタルだから口で歌うのは難しいけど、リスナーの方はそれを求めている。聴く人の期待を裏切らない、でも驚きもあるような形をゴールにしたいんです。

メモ「スタートレックのテーマソング」…日本では、TV番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」のテーマ曲に起用されたことでも有名な音楽。

声だからこその価値を感じてほしい

さん:それから、よく現場で「声だけですごいですね!」と言われるんですけど、それって野菜で作ったハンバーグを食べて「本物のお肉みたいですね!」と言われているようで。もちろん技術を褒めてもらえてとても嬉しいんだけど、本当は「肉の味を再現したこと」に加えて「素材そのものの良さ」も感じてほしい…みたいな悔しい気持ちもある。

ーーなるほど、奥が深いですね…!

さん:「”声だけで”の感動」の先に「”声だからこそ”の価値」を感じてもらえるアレンジを作りたい。その意味で、例えばPentatonixは音真似を完璧にやった上で次のステップへ進んでいるのがすごいと思うし、Nagie Laneのお洒落なサウンドもとても面白いですよね。僕たちが活動してきて悔しかったポイントに若い人が気づいて、新しい要素を持ったアカペラアレンジをする人が増えてくると嬉しいなって思います。

さん:前置きが長くなっちゃいましたけど、このような感じで、実際にアレンジに取りかかる前に、イメージすることに一番時間をかけていますね。

全体の構成を考える

音を鳴らす前に、頭の中で膨らませる

ーー実際に編曲作業に入る時は、どんなところから始められるんでしょうか?

さん:僕の場合、例えば最初にコードを「ジャーン!」ってピアノで鳴らしてしまうと、そこから逃れられなくなるし、鳴らした瞬間に他のアイデアが消えちゃうことが多いんですよ。だからまず音を鳴らさずに、淡~くでいいので、「こういう感じでアレンジしたい」というイメージを頭の中で膨らませる作業を大事にしています。それができたら、もう7割ぐらいアレンジは完成しているという感じですね。

歌詞に構成イメージを書き込み、道しるべにする

さん:で、実際どう仕上げるかの段階に来たら、歌詞カードを用意します。今もちょうど、次にラジオで歌う「世界中の誰よりきっと」という曲をアレンジしていたところなんだけど。

さん:歌詞の上に大まかな筋書きと、具体的にやりたいことを、色分けしながらメモしていきます。

※イメージ図

ーー全体のイメージや展開がすごくわかりやすいです

さん:「全体的に原曲通りのスタンダードな感じで行こう」というように、ゴールを決めておくことが大事。アレンジで悩む時って「選択肢がいくつかあってどれも間違いじゃない」というのがたくさんあって、試行錯誤する間に変な方向に行くことがある。途中で「それでいい」って誰も言ってくれないし、全部自分の責任だから怖いですよね。そんな時に、最初に決めたゴールに立ち戻ることで正しい選択ができるし、聴いてくれた人の評価の良し悪しも納得して受け入れられるようになるんです。

ーーアレンジは「楽譜ソフトと向き合って音符を打ち込みながら試行錯誤する」というイメージが強かったので、その手前の段階が重要だというお話はとても新鮮でした。

さん:僕もこういう風にやり始めたのはここ10年ぐらいだから、初めての人には難しいかもしれないけど。でも僕の経験から言うと、楽譜上で音符とにらめっこしていると元々のイメージを忘れてしまっていびつな編曲になりやすいから、全体のアウトラインを固めて道筋を確認しながらにらめっこした方がいいと思いますね。

経験を重ねながらアレンジの引き出しを増やしていこう

聴き手を飽きさせないための工夫

ーー「事前の設計図作りが大事」ということが十分に理解できた上で、具体的なテクニックの部分を伺いたいのですが、忍さんはどんな引き出しを活用されていますか?

さん:例えば「世界中の誰よりきっと」で言うと、サビが同じメロディとコード進行を2回繰り返すんですね。全部を字ハモにすると飽きてしまうかもしれないので、前後半に分ける。後半で字ハモで力強い感じにすると決めて、前半は違う形にしようとか。

アイデアが煮詰まった時は曲全体を客観的に見て、思い切って引き算してみると結構いいことがあります。例えば「全員でユニゾン」っていうのも、「アカペラグループがハモらない!?」みたいなインパクトがあってとても効果的なんです。

昔ベイビーブーのアルバムで長渕剛さんの「乾杯」を歌った時、当時のディレクターから「この曲のサビは酔っ払った人が肩を組みながら皆でメロディーを歌うだけで充分成立してるからハモる必要ないよ」と言われて。それでサビをベースとメロディーだけで歌い切って、その後に来る間奏でしっかりハモる展開にしたら、良かったんです。

さん:「歌詞をちゃんと聴かせる」という意味でも、「あえてハモらない」は有効ですよね。コーラスのリズムや発音は、歌詞の邪魔にならないようにしないと、届けたい音楽と違ってきちゃうことがあります。

コーラスって「♪シュール、パッツパッ!」って歌う方が楽しいけど、歌詞が「私は…」だったら「私ワッツ!」に聴こえてしまうかもしれない。そういったことも考えて、「世界中の誰よりきっと」のサビも、前半はメロディとベースだけで歌おうと。

ーー確かに「ハモらずに歌詞だけを歌う」というのも聴き手を惹きつけるものがあると感じました。

さん:そうだよね。使うのは勇気が要るんだけど。でもコーラスの歴史を辿っていくと、昔の教会の「グレゴリオ聖歌」も、基本ハモらずにメロディだけを歌っていたんですよね。

ーーそうなんですね!

さん:また、転調させた後の大サビの前半は、字ハモがバーンと来ると思わせて、賛美歌風のコーラスを入れることにしました。山下達郎さんの「クリスマス・イブ」でもそういう部分がありますよね。いきなりベースが消えて、上から降りて来るみたいなイメージ。そういうコーラスもけっこう使えるんです。

メンバーのために意識すること

ーー編曲する際に、実際にメンバーのどういったところを意識されていますか?

さん:日頃からメンバーには「気持ち良くのびのびと歌ってほしい!」と思っているので、メンバーがきちんと音を出せるキーはどのキーかを把握するよう努めています。

ベースは、1オクターブあげた時に急に軽くならないよう、音域が狭くなって迫力に欠けることのないよう気をつけています。特にベースの音域やメロディーは、担当するメンバーが気持ちよく声を張れる範囲を知っておくことが大切ですね。

また、アレンジの意図や細かなポイントについては、楽譜に書いたり直接伝えたりしています。

ーーキーの設定はどうされていますでしょうか。

さん:まずは原曲を聴きながらキー設定をします。そのあと、どの高さならメロディーを気持ちよく歌えるかを考えながらキーを変えてみたり、曲の構成や曲が与える印象を考え直します。和音が濁るぶつかり合いがないかどうかを確認するのも重要ですね。

アカペラアレンジしやすい曲とは

ーーこれまで数多くの曲を編曲してこられたかと思いますが、アカペラで「アレンジしやすい」もしくは「しにくい」という傾向はありますか?

さん:メロディーが美しく、コード進行が分かりやすい曲はアレンジしやすいですね。

一方、ラップ曲はアレンジがやりづらくて、これまでにベースをコーラスで表現してみてもあまり魅力は感じられませんでした。ですが、ピコ太郎さんの「PPAP」を編曲した時、あえて全ての音にメロディとコードをつけてみたことで突破口が見えた気がしました。

さん:同時に、本物に近い形で全てを口で真似しようと無理しなくてよいことにも改めて気付かされましたね。

耳コピは大切!

ーーアカペラを始めた頃、先輩から耳コピをするようよく言われていたのですが、「耳コピ」について忍さんはどのようにお考えですか?

さん:耳コピは本当に大切だと思います。今やメロディー譜やコード譜、先輩の楽譜などたくさんのサンプルがあると思いますが、自分の耳を頼りに採譜することで、心地良い内声にも気づくことができます。

私が心から尊敬している幾見さんは「まずはコピーすること。それだけでなく、歌い方やブレスの感じ方もコピーし、そこから自分たちのスタイルを作り出していく。」とおっしゃるのですが、本当にそのとおりだと思いますね。アレンジの引出しを増やすためにも、耳コピは大切だと思います。多重録音をやってみることもオススメですね。

メモ「幾見さん」…幾見雅博氏。音楽プロデューサー、ギタリスト。米国のアカペラグループRockapellaをプロデュースした経歴から、これまでに国内で多くのアカペラグループをプロデュースしてきた。現在はTHE SOUL SEEKERSやStoned Soul Picnicという音楽ユニットでギタリストとして定期的にライブ活動を行っている。

アレンジャーの皆さんへのメッセージ

ーー最後に、これからアレンジを始めようとする方やアレンジに行き詰まっている方に向けて、一言お願いします。

さん:例えば絵だったら、ゴッホの絵も子どもの絵もどちらも違った素晴らしさがありますよね。同じように、アカペラアレンジにも良い悪いとかはないと思っています。

アレンジすること自体が素晴らしいことなので、「僕なんて…」と思わずに一度やってみて、それを演奏するという経験が大事です。アカペラサークルはそういったことができるとても良い環境なので、まずはとりあえずやってみて周りからフィードバックをもらってみてください。

とにかく何度もアレンジに挑戦し、時間をかけながら経験を積むことが大切です。最近の子たちのアレンジを聴いていると、本当に素晴らしいアイデアをたくさん持っているなと感じます。発想は自分たちの個性なので、それらを大切にしてほしいと思います。

また、アイデアがなかなか降りてこない場合はリラックスしてインプットする時間を作ってみるのも良いと思います。アイデアをなかなか具現化できなくてお悩みの方は是非ご相談ください!!

ーー力強いメッセージをありがとうございました!!

忍さんのアレンジをよりじっくりと楽しめるメディア

忍さんは、ベイビーブーのオフィシャルYouTubeチャンネルでも、アレンジの進め方について紹介する動画をアップされています。今回のインタビューでお話されていた事も含め、とても参考になると思いますので、ぜひご覧下さい!!

そして、今回題材として紹介して下さった「世界中の誰よりきっと」のアカペラは、NHKラジオ「らじるらぼ」で4/30(金)にオンエアされたアレンジです。番組は5/7(金)午前11時50分まで聴き逃し配信されますので、こちらもぜひ聴いてみてくださいね!!

※2021年7月20日 記事の内容を一部修正しました。